非核平和都市宣言・戦争の記憶

更新日:2025年07月09日

滑川町非核平和都市宣言

      滑川町非核平和都市宣言

  戦争のない世界恒久平和と核兵器の廃絶は、人類共通の願望である。
しかし、現実には未だ武力紛争が絶えず、多くの核兵器が造られ、人類とあらゆる生命の存続に深刻な脅威を与えている。
  わが国は、世界で唯一の核被爆国として、再びこの地球上に広島・長崎の惨禍を繰り返してはならない。そして全世界の人々に対し、被爆者の苦しみと、核兵器の恐ろしさを訴えていかなければならない。
  私たち滑川町民は、美しい郷土、恵まれた自然、豊かな生活と平和な未来を子どもたちに継承していくために、被爆70年の節目の年に際し、非核三原則(核兵器をもたず、つくらず、もちこませず)の堅持と恒久平和の実現を願い、ここに「非核平和都市」を宣言する。

    平成27年12月
                                                                                                                      滑川町

日本非核宣言自治体協議会への加盟

   令和7年(2025年)5月16日、滑川町は日本非核宣言自治体協議会に加盟しました。

   日本非核宣言自治体協議会は、非人道的核兵器の使用が、人類と地球の破滅の危機をもたらすことにかんがみ、生命の尊厳を保ち、人間らしく生活できる真の平和実現に寄与するため、全国の自治体さらには、全世界のすべての自治体に核兵器廃絶、平和宣言を呼びかけるとともに、非核都市宣言を実施した自治体間の協力体制を確立することを目的とされています。

   現在、367の自治体が加盟しております(令和7年(2025年)7月1日現在)。

平和首長会議への加盟

   平成25年(2013年)7月1日、滑川町は平和市長会議(現在、「平和首長会議」に名称変更)に加盟しました。

   平和首長会議とは、都市相互の緊密な連携を通じて、核兵器廃絶の市民意識を国際的な規模で喚起する取り組みなどを推進し、もって世界恒久平和の実現に寄与することを目的として、広島市および長崎市が中心となって1982年に設立した機構です。

   現在、166の国・地域から8,487の都市が加盟しており、日本国内では、1,740の都市が加盟しています(令和7年(2025年)6月1日現在)。

戦争の記憶

飛行場跡

関東松山飛行場跡の航空写真

令和7年8月広報誌では、戦後80年平和への願いとし、戦争体験と唐子飛行場についてお話を伺いました。(左の写真は、関東松山飛行場の写真です。当時を知る人は、唐子の飛行場と呼んでいました。写真クリックすると広報誌をご覧いただけます。)

地下軍需工場跡

地下軍需工場跡

令和2年8月広報誌では、私の戦争体験と題し、町内の方の経験をお話いただきました。(左の写真は、福田地内の地下軍需工場です。現在は、安全のため入口が閉鎖され、立ち入ることはできません。写真クリックすると当時の広報誌をご覧いただけます)

「核兵器禁止条約」の早期締結を求める署名活動【平和首長会議】

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総務政策課 総務担当

〒355-8585
埼玉県比企郡滑川町大字福田750-1

電話番号:0493-56-6912

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